~レナの家 一階~

こぽこぽ・・・

席についた僕にウェスタさんが紅茶を入れて差し出してくれた。

「・・・」

紅茶を注ぐ音が響くほど、みんな黙っていた。

「・・・クロードさん・・・でしたかな?」

そんな沈黙の中、最初に口を開いたのは
僕の正面に座っている老人だった。
白髪に、長い白ヒゲの、
やさしそうだが、どこか威厳のある老人だ。

「ぁ・・・!!はいッ」

あせって顔を上げる。

「ご挨拶が遅れて申し訳ない。
わしはこの村の村長を務めているレジスと言う者です・・・」

老人が丁寧な声で話し始める。

「今日はレナを神護の森で助けてくださったそうですな・・・
本当に・・・なんとお礼を言ったらいいか・・・」

レジスの話に合わせてレナがこっちを向いてうなづく。

「いえ・・・お礼なんて・・・」

レジスのやさしい言葉とレナの視線に、少し照れながらも答え、紅茶を飲む。
熱い紅茶がのどを通る。

そんな僕を見ながらレジスも紅茶を一口すする。
と、笑顔だったレジスの顔が、急に真剣なものに変わった。

「・・・ところでレナから聞いたのですが、クロードさんは旅の最中なんだそうですな・・・
これからどちらへ行かれるのですかな?
クロス王国?それともラクール大陸ですか?」

レジスの質問に、全員の視線が僕に集まる。

―どうしよう・・・
僕はこの星の事なんか知らないし、ここに来たのもただの事故だ・・・
ここは本当のことを話すべきなんだろうか・・・

「そ・・・それは・・・」

―けど・・・
本当のことを言ったところでここは未開惑星だ・・・
信じてもらえるかどうか・・・

「その・・・」

どうしたらいいだろうか・・・

「・・・」

悩んでいる僕をレジスが見つめる。
そして・・・

「・・・クロードさん・・・あなたは旅人ではありませんな?」


「!?」

レジスの言葉に驚き、顔を上げた。

「た・・・旅人じゃなかったら何だって言うんですか・・・!
僕は・・・ただの・・・―」

そんな僕の抵抗に、レジスが僕の目をまっすぐと見据えたまま言う。

「おそらく・・・われわれのすむこの世界とは別の世界の住人・・・
異世界から訪れた、勇者・・・」

『勇者』という二文字が僕の胸に刺さる。

ガタンッ!!

机を手でたたき、椅子から立ち上がる。

「ちょ・・・ちょっと待ってください!!
何で僕が勇者なんですかッッ!!!」

そうだ。
僕は勇者なんかじゃない。
ただ事故で飛ばされただけなんだ・・・
混乱し、声が大きくなってしまう。

「いったい何を根拠に・・・―」

「村の言い伝えがあるんです!」

僕の言葉をさえぎるようにレナが声をあげた。

「村に伝わる光の勇者の物語り・・・

―この地、エクスペル
脅威に教われ、民苦しむとき
異国の服をまといし勇者、現れん・・・
彼の者、光の剣を構え
人々を、救いたもう・・・

私たちの地方に昔から伝わる伝承なんです。」

レナに続けてレジスが話す。

「クロードさん・・・
あなたは異国の服をまとい、光の剣を持っておられる・・・」

「―でもっ・・・光の剣なんて僕は持っていませんよ・・・」

「そんなッ!
私を助けてくれた時使った武器はものすごくまぶしい光を放っていたじゃないですか・・・!!」

光の剣なんて持っていないと否定した僕にレナが反論する。

「いや・・・あれは・・・」

そう。あれは光の剣なんかじゃない・・・
父さんからもらったフェイズガンだ・・・

「・・・」

レナが悲しそうな目で僕を見つめる。

「―・・・その・・・
光の・・・剣ではありませんが、確かに光を放つ武器を持っています・・・
―でも・・・
僕は勇者ではありません・・・!!」

「そんなことないわッ!!」

僕の言葉を追うように、レナが叫ぶ。

「クロードさんこそ伝説の勇者よッ!!
私たちを助けにきてくれたのよ!!そうでしょ?」

レナが必死に訴えてくる。
だけど・・・

「・・・?た・・・助けにって・・・?」

「知らないんですか・・・?ソーサリーグローブのこと・・・」

レナが新しい言葉を出した。

「・・・ソーサリー・・・グローブ・・・?」

「―・・・わしが説明しましょう・・・」

レナの代わりにレジスが口を開く。
どことなく暗い雰囲気が漂う。

「この村の北西に位置する別の大陸に、エル王国という大きな国があります。
・・・今から三ヶ月ほど前・・・

そのエル王国の領地であるエルリアの町にある日突然巨大な隕石が落下してきました。
落下地点の周りの家は吹き飛ばされ、大きな穴があきましたが、
最初のうちはただの珍しい隕石だと騒がれていました・・・

・・・異変が起きたのはそれから間もなくのこと・・・
平和だったはずのエル王国に、突如魔物の群れが出現したのです。
今の今までそのようなことは一度もおきなかった・・・
・・・恐らくその隕石が落ちてくるまでは・・・

我々はその厄災の大もとであると思われる隕石を、
魔の石、『ソーサリーグローブ』と呼ぶようになりました。

―そしてクロードさん。」

「!!」

「あなたはそのソーサリーグローブに導かれるかのようにこの世界に突如やって来た・・・
光と闇、表と裏が常に対になっているように・・・
あなたとソーサリーグローブも、何らかの関係があるのでは・・・
あなたなら厄災を断ち切る力を持っておられるのでは・・・
そう思ったのです・・・」

さらにレジスが続ける。

「―今・・・この世界各地ではさまざまな異変が起こっています。
群発地震・・・
動物たちの魔物化・・・」

そこまで言った所でレナが声をあげた。

「この村にだって・・・!!
明日にでも何らかの厄災が降り掛かるかもしれないいんですッ!!」

レナの声は震えていた。
それほどに深刻な問題なのだということが、
この村の者ではない僕にでも痛いほどにわかった。
だけど、それほどに深刻ならばなおさら僕にはどうすることもできない・・・

「―無理だよ・・・」

小さい言葉でつぶやく。

「・・・僕には・・・僕にはそんな力なんてない・・・
みんなを助けるなんて事できっこない・・・
今自分の置かれているこの状況だって、何ら理解できていないんだ・・・」

頭を伏せて、視線をそらす。
ここに飛ばされてしまったことへの不安、怒りが一気に溢れ出してきていた。

「・・・そうさ・・・僕は旅人なんかじゃない・・・この世界の人間でもない・・・
ここに来たのだって僕自身の意思じゃない!事故に巻き込まれただけなんだ!!」

こみ上げてくる思いがとまらなくなってくる。

「わからない・・・
僕にはッ・・・何もわからない・・・っ!!」

「クロードさん・・・」

ウェスタさんが不安そうに見つめる。

「ただ・・・
ただ僕は本来いた場所に・・・
元の世界に戻りたい・・・それだけなんだ・・・」

あたりに声が響き、静かに空気に消えていく。

「―勇者様じゃ・・・ないんですか・・・?」

レナがもう一度僕に問い掛けた。

「―・・・ごめん・・・」

その顔に、僕はただ謝ることしかできなかった。
その言葉を聞くと、レナは飛び出していってしまった。
僕の体は動かなかった。
引き止めることができなかった。
僕は、ただその背中を見ていることしかできなかった・・・





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-雪名荘-
by雪うさぎ?


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